※江戸時代の初期から後期にかけての煮炊きスタイルの変化は、単なる料理法の進化というよりも、都市化・物流・燃料事情・生活様式の変化を反映しています。
【1】江戸時代初期(17世紀前半)〜草創期の煮炊き
■ 台所の様子
- かまど(竈)は屋内に一基または二基、土や粘土で造られていた。
- 多くは、竈神(かまどがみ)を祀る信仰の場でもあり、火は神聖な存在だった。
- 煮炊きは竈に薪をくべて行い、火加減は経験と勘。
- 煤や煙が台所に充満するため、庶民の台所は半屋外の土間にあることが多かった。

■ 煮炊きスタイル
- 食材は限られ、基本は米・雑穀・野菜の煮物や汁物。
- 味噌汁、煮干し出汁の汁物が日常的。
- 干し大根、昆布、豆などの保存食材が中心で、煮物は淡白。
- 「煮しめ」(野菜などを一緒に煮て味を含ませる)が主流。
【2】中期(18世紀)〜都市江戸の発展と変化
■ 台所の進化
- 長屋でも各戸に小型かまどを持つようになった。
- 上方(京・大坂)との流通が盛んになり、調味料の多様化(醤油の普及など)。
- 炭の使用も一部で増え、調理の安定性向上。
■ 煮炊きスタイルの進化
- 江戸前料理の礎が形成されはじめ、だし文化が発展。
- 「おでん」(関東炊き)や「煮豆」など甘辛の煮物が一般化。
- 調味料のバリエーション(濃口醤油、砂糖、酒、みりん)が豊かになり、味付けに地域差。
- 煮魚(さば・いわしなど)も庶民の食卓に。
【3】後期(19世紀)〜安定期と庶民文化の成熟
■ 台所の進化
- 富裕層では、改良かまど・煙抜きのある構造や屋内台所が主流に。
- 一部で火鉢や七輪が併用され、簡易調理が可能に。
- 都市部では燃料として薪から炭(白炭・黒炭)への移行も。
■ 煮炊きスタイルの成熟
- 煮物に砂糖を使うのが定着し、甘辛い味付けが「江戸の味」に。
- 一汁一菜から、一汁三菜(煮物・焼き物・漬物など)へ、献立の形式化。
- 庶民向け料理本(『料理物語』『万宝料理秘密箱』など)も刊行され、家庭での料理の幅が広がる。
- 節約の知恵として、「一度煮たものを冷まして翌日また煮る」ことで味をしみ込ませる技法が確立。

🍚 簡単な時代別まとめ表
時代
台所
煮炊き燃料
代表的な料理法
味付けの特徴
初期
土間にかまど
薪
煮しめ、味噌汁
素朴、塩・味噌中心
中期
小型かまど普及
薪・炭
甘辛煮、煮魚
醤油やみりんが加わる
後期
室内台所・改良かまど
炭
煮物、佃煮、日常煮炊きの多様化
甘辛く濃い味が主流
🍢 江戸時代初期(17世紀)の主な調味料
1. 🧂 塩(しお)
- 最も基本的な調味料。
- 日本各地の塩田(えんでん)で海水を蒸発させて作る「藻塩(もしお)」が主流。
- 味噌や醤油がまだ高級品だった庶民にとって、塩は日常的な味付けの柱。
🌿 ※縄文以来、海水や海藻(ホンダワラなど)から塩分を得る伝統が続いています。
2. 🫘 味噌(みそ)
- 奈良時代から存在し、武士階級の保存食として普及。
- 江戸初期ではまだ家庭で手作りされることが多く、原料は大豆・米麹・塩。
- 「味噌汁」は江戸時代初期から庶民の食生活に根付いていた。
味噌の種類はまだ限定的で、地域ごとの特色が強く、「赤味噌」「白味噌」といった分類はまだ一般的でなかった。
3. 🧉 酢(す)
- 主に米酢・酒粕酢。保存食(なます・漬物)に利用。
- 初期は高価だったが、関西の酒造とともに酢造りも発展。
- 魚の臭み消しにも使われた。
4. 🍶 酒(さけ)
- 現代の「料理酒」とは異なり、飲用の清酒を調味料として流用。
- 江戸初期は「どぶろく」的な濁酒が多かったが、清酒の技術が発展するにつれ、調味にも使われるようになった。
5. 🍛 醤(ひしお)・魚醤
- 今の醤油の原型で、中国から伝わった「醤(ひしお)」がルーツ。
- 大豆・麦・塩・麹で発酵させた調味料。どろっとしていて香りも強い。
- 魚を使った発酵調味料(魚醤=しょっつる・いしるなど)も、地域によって使われていた。
6. 🟤 たまり(溜)
- 醤油が完成する前の形。味噌を仕込むときににじみ出た液体。
- とても濃く、少量で強い塩味と旨味があり、調味料として貴重だった。
7. 🌿 山椒・唐辛子・わさび
- 辛味・香味野菜として使用。
- わさびは、本わさび(沢わさび)が高価で、葉や茎を塩漬けにする形で一般にも流通。
- 唐辛子(南蛮胡椒)は戦国期~の輸入品だが、江戸初期にはまだ珍重されていた。
8. 🍠 自然の甘味(麦芽・芋・干し柿など)
- 砂糖は極めて高価で「薬」扱い。
- 甘味が欲しいときは、干し柿・焼き芋・栗・甘酒・麹などの自然甘味料を利用。
- 庶民の煮物は基本的に甘くないor甘酒でほんのり甘味を足す程度。
🔍 補足:砂糖はいつ普及した?
- 室町末期~安土桃山時代にポルトガルから白砂糖が輸入され、「唐砂糖」として将軍や大名に献上された。
- 江戸時代初期には非常に高価(薬種扱い)で、庶民には無縁。
- 本格的に庶民の煮物に砂糖が使われるようになるのは、18世紀中頃以降(江戸中期〜後期)。
まとめ:江戸初期の味付けの特徴
*味の要素*
主な調味料
備考
塩味
塩、味噌、たまり、醤
素朴で保存性重視
酸味
酢(米酢・酒粕酢)
主に保存食用
旨味
味噌、ひしお、魚醤
発酵食品が主役
辛味
わさび、山椒、唐辛子
香りづけや薬味
甘味
甘酒、干し柿、芋など
砂糖は薬扱い、ほぼ使わない



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