江戸時代の治安維持において、最も「現場」を知り、最も「闇」に近かったのが岡っ引き(おかっぴき)
ドラマの世界では正義の味方として描かれますが、史実の彼らは非常に複雑で、時には危険な背景を持つ存在でした。同心との関係性や、その実態を詳しく紐解きます。
1. 岡っ引きとは何者か?
驚くべきことに、岡っ引きは幕府の正規雇用ではありません。
• 身分
「不浄役(ふじょうやく)」とも呼ばれ、正式な武士や役人ではなく、町人階級に属します。
• 出自
最も多いのは「元・犯罪者」(前科者)です。江戸の格言に「泥棒を捕まえるには泥棒が一番」という考えがあり、犯罪の手口や裏社会の人間関係に精通している者がスカウトされました。
• 呼び名
江戸では「岡っ引き」、関西では「目明かし(めあかし)」、他にも「御用聞き(ごようきき)」と呼ばれました。
2. 同心との「雇用関係」:完全な自腹経営
同心と岡っ引きの間には、公式な予算は一切存在しませんでした。
• 完全歩合制と私費
先述した同心の「役得(賄賂や献金)」は、その多くが岡っ引きへの給料や捜査費として消えていきました。
• 主従関係
岡っ引きは特定の同心に専属します。同心は彼らを「手下」として使い、岡っ引きは同心を「旦那」と呼びました。
• 下引(したびき)の存在
岡っ引きはさらに自分の下に「下引」という子分を数人雇っていました。これにより、江戸中に網の目のような情報網が張り巡らされていたのです。
3. ドラマに見る岡っ引きと「十手(じって)」
日本の時代劇において、岡っ引きは欠かせない存在です。
• 『銭形平次』
投げ銭と十手で有名な、最も有名な岡っ引きです。本来、岡っ引きが十手を持つことは「現場限定」の許可制でしたが、ドラマでは常に腰に差しています。
• 『半七捕物帳』
岡本綺堂の小説が原作。元祖「推理もの」で、岡っ引きが足で稼ぐ地道な捜査と、江戸の風情をリアルに描いています。
• 『人形佐七捕物帳』
横溝正史も執筆した人気シリーズ。男前の佐七が事件を解決する姿は、まさに江戸のヒーローです。
【歴史のリアル】
ドラマでは正義感あふれるヒーローですが、実際は「十手」の威光を傘に着て、商家を恐喝したり、無実の人間に罪を着せて口止め料を取るような悪徳な岡っ引きも少なくありませんでした。
そのため、幕府は定期的に「目明かし禁止令」を出していましたが、彼ら抜きでは捜査が立ち行かないため、結局は黙認され続けました。
4. 年末の岡っ引き:情報屋としての真骨頂
年末、同心から「今年の汚れ(未解決事件)を片付けろ」とハッパをかけられた岡っ引きたちは、江戸の街に散ります。
• 酒場や飯屋での聞き込み
年末の忙しさに紛れて江戸に潜り込んだ指名手配犯や、金に困って強盗を企てている浪人などの情報を、行きつけの店で収集します。
• 火の用心の夜回り
彼ら自身も夜回りを行いながら、怪しい動きがないか長屋の隅々まで目を光らせました。
• 借金取りの仲裁
激しすぎる取り立てが暴力沙汰になりそうな現場へ真っ先に駆けつけ、同心が来る前に場を収めるのも彼らの重要な仕事でした。
5.「岡っ引き」と「下っ引き」
江戸時代の捕物(警察)において、「岡っ引き」と「下っ引き」は切っても切れない師弟・主従の関係にあります。
両者の主な違いと役割
• 岡っ引き(親分)
町奉行所の与力や同心に私的に雇われた非公認の協力者です。町中の情報に通じ、捜査の実務を取り仕切る「親分」的存在です。
• 下っ引き(子分)
岡っ引きがさらに自分の足として私的に雇った手下のことです。岡っ引きが「経営者」なら、下っ引きは「現場の作業員」や「見習い」といった立ち位置です。
下っ引きの具体的特徴
1. 身分と給与
岡っ引き同様、幕府から給料は出ません。親分である岡っ引きからわずかな手当てをもらうか、他に本業を持って生活していました。
2. 主な仕事
張り込み、容疑者の追跡、聞き込みなどの泥臭い実戦部隊です。捕縛の際には、実際に犯人に組み付くなどの危険な役目も担いました。
3. キャリアパス
下っ引きとして手柄を立て、経験を積むことで、将来的に「岡っ引き」として独立(襲名)することもありました。
簡単に言えば、
「同心(公務員)>岡っ引き(外注先)>下っ引き(孫請け)」というピラミッド構造になっていたのです。

同心、岡っ引き、下っ引き
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「八丁堀の旦那(同心)が、炬燵で商い先からの菓子をつまんでいる頃、その影では銭形平次のモデルとなったような岡っ引きたちが、雪のちらつく江戸の路地裏で『悪い奴』の吐息を追いかけていた……」
このように、「光(同心)」と「影(岡っ引き)」の役割分担を想像すると、皮肉めいているものの、どこかコミカルにも映る、時代劇の人気ドラマさながら、江戸の治安維持システムが非常に立体的に想像できますね。


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