江戸の独身男たちは何を食べていたのか?
― 屋台と煮売屋に支えられた暮らしの現場
江戸の町には、男の姿が目立ちました。
地方から職人や商人が集まり、人口の七割が男性。多くが単身者でした。
では、そんな独り暮らしの男たちは、どうやって毎日の食事をまかなっていたのでしょうか。
朝──湯漬けか、味噌汁ひと椀
朝早くから働く職人にとって、火を起こして料理する余裕はありませんでした。
多くは、前の晩の残り飯に湯をかけた「湯漬け」や、味噌を溶いた汁だけをすすって出かけました。
『守貞漫稿』にも、朝は軽く済ませる習慣が書かれています。
ご飯を炊き直すのは燃料代も手間もかかるため、
「冷飯+味噌+漬物」がごく一般的だったようです。
昼──屋台で腹を満たす
昼どきになると、町には屋台の声が響きます。
そば、うどん、握り寿司、天ぷら、汁粉、団子……。
どれも立ち食いできる手軽さで、職人たちの胃袋を支えました。
『東都歳事記』には、こうした屋台が町に常に並んでいたとあり、
まさに江戸は“外食の都”だったのです。
夜──煮売屋と居酒屋が心の拠りどころ
日が暮れると、通りに煮売屋の提灯がともります。
味噌で煮込んだ大根や豆腐、こんにゃくを一皿いくらで売る。
買って帰って茶碗で食べる人もいれば、店先でちょっと一杯という人も。
これが後の「居酒屋」へと発展していきます。
江戸後期になると、小料理屋や居酒屋が町ごとにあり、
刺身、田楽、ぬた、焼き魚などが並びました。
仕事帰りにふらりと立ち寄り、店主と世間話をする――
そこには、今の居酒屋と変わらない温かさがありました。
長屋のかまどと、ささやかな自炊
長屋には小さなかまどがありましたが、火事の恐れから大きな調理は禁じられていました。
炊事は裏手の共同かまどで行い、味噌汁をつくるか、米を炊くだけ。
惣菜屋でおかずを買い足すのが一般的でした。
「手料理」といっても、湯漬けか焼き魚を温める程度。
それでも皆、工夫しながら暮らしていたのです。
江戸の食は「暮らしの知恵」そのもの
独身の男たちは、料理上手ではありませんでした。
けれども、屋台や煮売屋、居酒屋という外の世界が、彼らの台所でした。
外で食べることが、生活の延長であり、人とのつながりでもあったのです。
“食べて生きる”という日常の中に、江戸の粋が息づいていました。



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